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むつきさっち

Author:むつきさっち
野良学者やってます。
読んだ本とか研究用のメモを置いていきます。
きまぐれなので分野はあっちこっちにいく予定。
とりあえず哲学とか生物学あたりから書いていきます。

20/7/2:カテゴリでの表示順を古い順に変更しました。それに伴いカテゴリの最初のページ下に、各メモ先頭のリンクを貼りました。

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熊野純彦「西洋哲学史 近代から現代へ」まとめ6
第11章はヘーゲルに続く、ヘーゲル左派、マルクス、ニーチェの章なんですが、マルクスについてしかメモをとってませんでした。
メモはマルクスの価値形態論についてです。
価値形態論では、交換の基準となり得る商品の方が等価形態、それと比較されることでみずからの価値を表現する商品が相対的価値形態で、貨幣は等価形態の純化された姿とみなせます。
これに続いて、特別な商品としての労働力の話などがつづくのですが、どれも断片的で、そこから全体像を見いだすのは難しいので飛ばします。
<<第11章

19世紀のドイツ哲学が続いてます。
たくさんの名前が出てきてどれも断片的なので、まとめづらいです。
フレーゲとブレンターノに共通する思考があったらくし、フッサールのノエマの概念がその影響圏から出てきたらしいです。
また西南学派には数学的・物理学的な概念形成の問題に対する議論があったらしく、カッシーラーに引き継がれるとのことです。
<<第12章-1

章後半はフレーゲについてだいぶ記述が割かれていました。
ここで中心となっているのは論理学主義と呼ばれる、論理学により数学を基礎付けようとする立場についてです。
基数の概念は、普段当たり前のように行っている、数を数えるという行為がどのような要件を必要とするかの思考を含んでいます。
数えるという行為には、等しいもの(種類?)の個体としての区別が必要になります。
数の概念が成立するには対象と対象の概念の区別が必要で、フレーゲによる基数の定義は、一対一対応によって考えられています。
<<第12章-2

この後ベルクソン、フッサールと続くので、ここらでいったん切ります。
しかしヘーゲルに続く二つの章は全然まとまりそうにないですね。
ヘーゲルに続く11章では、この章で対象となる哲学者に共通して、神への批判が見られたと述べられていました。
ニーチェはわかりやすいですが、マルクスも貨幣という神への批判と考えれば確かに共通します。
木田元によると19世紀後半あたりからは理性の危機の時代で、神により与えられた永遠の真理が、もはや真理とはみなされなくなる時代です。
その時代に現れた潮流の一つが「…主義」と呼ばれる一連の学術運動なので、この二つの章の内容は、理性の危機の現れとそれへの一つの応答とみなせるかもしれません。
<<下巻まとめ5   下巻まとめ7>>


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「西洋哲学史」メモ | 15:28:00 | コメント(0)
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